養老町山口会館

2013年1月21日

明治34年、養老町高田に生まれた山口俊郎(本名・利三郎)は音楽の道を志し、

yamada.gifアノ奏者等を経て、昭和の半ば、三橋美智也の「おんな船頭唄」等、次々とヒット曲を作曲する音楽家となりました。晩年、再びふるさと・養老町に並々ならぬ愛情を注ぎ、自らの希望で、今はこの地に眠る山口俊郎。彼の音楽家人生に敬意と感謝の意を込めて「養老町山口会館」を建設しました。山口俊郎の業績を広く紹介するとともに、文化芸術活動の場、ふれあい・交流の場として、皆様に活用され愛される会館になることを望んでいます。

音楽家・山口俊郎の功績                                                 
~うれしがらせて泣かせて消えた憎いあの夜の旅の風~
昭和30年、「おんな船頭唄」は名古屋市から火がつき、全国的に大ヒット。歌手三橋美智也を一躍スターダムに押し上げ、その後、低音・三船浩の「男のブルース」、春日八郎の「長良川旅情」等を相次いで作曲、世に送りだしたのが、養老町出身の作曲家山□俊郎でした。また彼は「ソーラン節」等、多くの民謡を編曲し、三橋とともに次々に発表します。日本の各地に眠っていたそれらの民謡は、彼の働きによって世の光を浴びることとなるのです。昭和56年、80歳で他界するまで、歌謡曲、歌謡民謡、さらに我が国の古典音楽である長唄や清元等を広くヨーロッパ・各地に紹介するなど、合わせて千曲以上を作曲・編曲しました。歌手の個性を発掘L、光り輝かせることのできた作山家として、また地方に埋もれていた民謡を発掘・編曲し世に広めた音楽家として、稀有な存在であったのです。

 
展示案内
山□俊郎の生い立ちとその功績をゆかりの品々とともに紹介。旧山口会館より移設した数々の遺品の中から、レコード、愛用品、昭和のスターとの写真などを展示しています。

 略式年譜

明治34年 3月31日養老町高田常盤町に山口宗二郎の二男として生まれる
(本名利三郎)
大正元年 養老郡高田尋常高等小学校卒業
大正 7年 東洋音楽学校(現東京音楽大学)ピアノ科入学
大正10年 松竹映画管弦楽団にピアノ奏者として入団
昭和 5年 このころから杉山長谷雄に師事して、作曲の勉強を始める
昭和 7年 松竹を退社、フリーの作曲家として指・舞台音楽・ピアノ等に携わり、レコードの曲を譜面化する仕事も手がける
昭和20年 キングレコード専属作曲家となる
昭和30年 「おんな船頭唄」(三橋美智也)の大ヒット以後、三橋とともに「佐渡おけさ」「ソーラン節」「花笠音頭」等多くの歌謡民謡も世に送り出す
昭和31年 「男のブルース」(三船浩)の大ヒット
昭和36年 「長良川旅情」(春日八郎)のヒット
昭和55年 彼の功績を讃えるため「山口俊郎先生顕彰会」発足
昭和56年

11月25日急逝 享年80歳

 

所在地 養老町高田18番地1
電話番号 0584-34-3311
開館時間 午前9時より午後9時30分まで(ただし展示室は午後5時まで)
開館日 日曜日(12月29日~翌年1月3日までの期間の日曜日は休館)
交通機関 養老鉄道 美濃高田駅下車 徒歩約10分

 

 
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おんな船頭唄(展示品)
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展示イメージ

 

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