象鼻山(ぞうびざん)1号墳の歴史的意義

2013年1月21日

九州から東北南部に至る日本列島の諸勢力は、弥生時代には分立することが多かったのですが、西暦4~6世紀を中心とする古墳時代には近畿を中心とする連合体制をとるようになり、飛鳥、奈良時代には法治国家が生まれる基礎ができました。
 この古墳時代の成立を考える上で中国の歴史書『三国志』魏志倭人伝に、3世紀中頃に邪馬台国と狗奴国(くなこく)が坑争していたことが記録されていることは、非常に重要です。この抗争の終結が、古墳社会の成立と直結した可能性が高いのです。
 邪馬台国所在地論争には諸説がありますが、考古学の資料の蓄積は近畿には西に影響力を持つ邪馬台国があり、濃尾平野を中心とする東海には東に影響力を持つ狗奴国があり、対立していたという可能性を高めています。そして、象鼻山1号墳は、一方の雄である狗奴国の王か王族の墓である可能性が高いのです。
 象鼻山1号墳は、諸特徴をみると、前方後方墳の形をとっていること、竪穴式石室(たてあなしきせきせきしつ)を採用しないこと、三角緑神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)を採用しないことなど狗奴国の伝統を守っている反面、遺体の北枕配置や土器形式にみられるように近畿との共通する特色もあります。
 狗奴国と邪馬台国の関係を、(1.抗争期、2.対立をはらん同盟期、3.本格的な同盟期)に分けるとすると、象鼻山1号墳は2.の段階の実態を教えてくれる貴重な古墳の可能性が高いのです。

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象鼻山(ぞうびさん)1号墳

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